いびきと高血圧の関係性:最新研究が示すリスク
いびきは、単なる睡眠中の音として軽視されがちですが、最新の研究により、いびきが高血圧と深く関係していることが明らかになりました。
12,287人の参加者を対象にした研究では、約6か月間にわたり、マットレス下に設置するセンサーを用いて毎晩のいびきの頻度と持続時間を客観的に測定しました。同時に、日中の複数回にわたる血圧測定を行い、平均収縮期血圧が140mmHg以上、または平均拡張期血圧が90mmHg以上の場合を高血圧と定義しました。引用 Nature
その結果、いびきの頻度が高い人ほど、高血圧のリスクが増加することが判明しました。
特に、睡眠時間の12%をいびきに費やす人は、いびきをほとんどかかない人に比べて、高血圧のリスクが約1.9倍高いことが示されました。この関連性は、睡眠時無呼吸症候群の有無に関係なく認められました。
この研究は、いびきが高血圧の独立したリスク要因である可能性を示唆しており、いびきを軽視せず、健康管理の一環として注意を払う必要性を強調しています。
いびきとは何か?なぜ起こるのか
いびきのメカニズム
いびきとは、睡眠中に空気の通り道である上気道(鼻や喉)が狭くなることによって、呼吸のたびに粘膜や周囲の組織が振動し、音が発生する現象です。特に仰向けで寝ていると舌が喉の奥に落ち込みやすくなり、気道が狭まることでいびきが起こりやすくなります。
音の大きさや頻度は人によって異なり、軽いいびきは生理的なものとして扱われることもありますが、断続的な呼吸停止を伴う「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」に進行している場合もあり、注意が必要です。
いびきの主な原因
いびきの原因は多岐にわたりますが、代表的なものは以下の通りです:
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肥満:首回りに脂肪がつくと、気道が圧迫されやすくなり、いびきを引き起こします。
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加齢:年齢とともに喉や舌の筋肉がゆるみ、気道の閉塞が起きやすくなります。
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アルコール摂取:飲酒により筋肉が弛緩し、喉が閉じやすくなるため、いびきが発生しやすくなります。
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鼻づまり・アレルギー:鼻の通りが悪くなることで、口呼吸になりやすく、いびきの原因となります。
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顎の構造:下顎が小さい人や、舌が大きい人は気道が狭くなりやすいため、いびきが起きやすい傾向があります。
これらの要因が重なると、単なるいびきから、呼吸が一時的に止まる「無呼吸」へと進行する可能性もあります。
高血圧とは?基礎知識とリスク
高血圧がもたらす健康リスク
高血圧とは、血液が動脈を通る際に過剰な圧力がかかっている状態を指します。一般的に、収縮期血圧(いわゆる上の血圧)が140mmHg以上、または拡張期血圧(下の血圧)が90mmHg以上の場合に高血圧と診断されます。
高血圧は自覚症状が乏しいまま進行しやすく、「サイレントキラー(静かなる殺し屋)」と呼ばれるほどです。放置すると、以下のような深刻な疾患を引き起こす可能性があります。
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脳卒中(脳出血・脳梗塞)
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心筋梗塞・狭心症などの心疾患
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腎機能障害(慢性腎臓病)
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大動脈瘤や解離
これらはすべて命に関わる重大な病気であり、血圧コントロールの重要性が非常に高いことがわかります。
自覚しにくい高血圧の怖さ
高血圧の厄介な点は、自覚症状がほとんどないまま長期間にわたって進行することです。軽度の高血圧であれば、日常生活に支障をきたすことが少なく、検診や人間ドックで偶然見つかることも珍しくありません。
特に、夜間に血圧が下がるのが正常とされている中で、「夜間高血圧」と呼ばれる状態になると、脳や心臓への負荷が大きくなります。いびきをかく人はこの夜間高血圧と関係がある可能性があるため、睡眠の質と血圧の関係は無視できない問題です。
また、家庭での血圧測定を行うことで、診察室での緊張による“白衣高血圧”を避けることができ、より正確な健康状態の把握に繋がります。
いびきと高血圧の関係|最新研究とデータ分析
韓国の大規模研究で明らかになったリスク上昇
2024年、韓国の研究チームが発表した最新の論文(Nature Digital Medicine誌)では、12,287人の参加者を対象に、いびきと高血圧の関係性を科学的に検証しました。この研究の特徴は、被験者の枕元やマットレス下にセンサーを設置し、6か月間にわたり毎晩のいびきデータを客観的に記録した点にあります。
この結果、いびきを頻繁にかく人ほど「コントロールされていない高血圧(平均140/90mmHg以上)」のリスクが高いことが明らかになりました。特に、睡眠時間の12%以上をいびきに費やしている人は、いびきをほとんどかかない人に比べて、リスクが約1.87倍も高くなることが分かりました。
無呼吸の有無が高血圧に与える影響
注目すべき点は、この研究が「いびき単体」でのリスク評価を行っていることです。多くの従来研究では、睡眠時無呼吸症候群(SAS)と高血圧の関連が中心でしたが、本研究ではSASの有無を調整したうえで、いびきそれ自体が高血圧リスクに影響するという結果が得られています。
つまり、「無呼吸がないから大丈夫」と安心するのは危険であり、いびきそのものが高血圧の発症リスクを高める独立した要因となり得るという新たな知見が得られたのです。
どれくらいの頻度のいびきが危険なのか
研究によると、「いびきをかく日数が週に3日以上」「1日の睡眠のうち10%以上をいびきに費やしている」といった条件に当てはまる人は、高血圧のリスクが顕著に上昇する傾向がありました。
また、男性は女性よりもいびきの頻度が高い傾向にあり、高血圧のリスクも相対的に高いと報告されています。特に中高年男性は、いびきと高血圧の関係性に十分注意を払う必要があります。
なぜいびきが高血圧を引き起こすのか?
いびきと高血圧の間には統計的な関連性があるだけでなく、生理学的にも密接に繋がっていることがわかっています。ここではその具体的なメカニズムを掘り下げて解説します。
酸素欠乏と交感神経の興奮
いびきをかくと、呼吸時に空気の通り道である気道が狭まり、十分な空気が肺に届かなくなることがあります。これにより一時的に血中の酸素濃度が低下(低酸素状態)し、身体は「酸素が足りない」というストレスを受けます。
この酸素不足を補うために、交感神経(興奮系の神経)が活性化し、心拍数が増加、血管が収縮し、結果として血圧が上昇します。これが夜間に繰り返されることで、交感神経が常に刺激され、日中も高血圧状態が持続しやすくなるのです。
睡眠の質の低下と血圧の関係
いびきや無呼吸により、夜間に何度も覚醒や浅い眠りが繰り返されると、睡眠の質が大きく低下します。特に深いノンレム睡眠(身体を回復させる重要な睡眠段階)が妨げられると、自律神経のバランスが崩れ、血圧の自然な日内変動が乱れます。
通常、夜間は副交感神経が優位になり、血圧も低下するのが自然な生理反応ですが、いびきを伴う睡眠障害ではこの仕組みが機能しなくなり、夜間高血圧が生じやすくなります。
夜間高血圧とそのリスク
夜間に血圧が下がらない、もしくは逆に上昇する状態を「夜間高血圧」と呼びます。これは、心血管疾患の発症リスクが日中の高血圧よりも高いとされ、特に脳卒中や心不全の前兆として見逃せない兆候です。
いびきを頻繁にかく人は、この夜間高血圧になっている可能性が高く、血圧管理を行う際には24時間の血圧測定(ABPM)などを活用し、夜間の変動までチェックすることが推奨されます。
対策と予防法|いびきを放置しないことの重要性
いびきが高血圧と関係しているという研究結果が示された今、いびきを単なる「うるさい音」として放置することは、自身の健康を危険にさらすことになりかねません。ここでは、いびきによる高血圧リスクを抑えるための実践的な対策を紹介します。
生活習慣の見直しで改善を目指す
いびきと高血圧の両方に共通するリスクファクターとして、生活習慣の乱れが挙げられます。以下の改善は、どちらの症状にも有効です。
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減量:首まわりの脂肪が減少すると気道が広がり、いびきが軽減されます。体重を5〜10%減らすだけでも血圧改善に効果があります。
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禁酒:就寝前のアルコールは喉の筋肉を弛緩させ、いびきを助長します。控えることで睡眠の質も向上し、血圧の自然なリズムが保たれます。
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禁煙:タバコは気道の炎症を引き起こし、いびきと高血圧の両方を悪化させます。
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適度な運動:週3回以上の有酸素運動(ウォーキング、ジョギングなど)は血管の柔軟性を保ち、いびきの軽減にもつながります。
医療機関での診断と治療(SASの検査含む)
いびきが継続的に続いていたり、日中の眠気・集中力の低下がある場合は、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の可能性を疑うべきです。以下のような医療機関での対応が有効です。
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耳鼻咽喉科や睡眠外来の受診:気道の構造的問題やSASの検査が可能です。
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簡易型睡眠検査(自宅で実施):いびきと無呼吸の有無をチェックできる装置が普及しています。
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終夜ポリソムノグラフィー(PSG):より詳細な検査を行いたい場合に有効で、専門施設で実施されます。
医師による診断を受けた上で、必要に応じて治療機器(CPAPなど)を導入することが、高血圧予防にも繋がります。
おすすめのいびき対策法(枕・マウスピース・CPAPなど)
いびきの重症度や原因に応じて、以下のような対策グッズや治療法があります。
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いびき防止枕:横向きでの睡眠を促す形状で、気道の確保を助ける。
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鼻腔拡張テープ・スプレー:鼻呼吸を助け、口呼吸によるいびきを軽減。
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マウスピース(スリープスプリント):下あごを前に出して固定することで、気道の閉塞を防止。
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CPAP(シーパップ)治療:中〜重度のSASの治療に用いられ、鼻から空気を送り気道を開かせる医療機器。
日常的ないびきでも、これらの対策を講じることで、高血圧の発症リスクを低下させる可能性があります。
まとめ|いびきは“音”ではなく“警告音”と捉えるべき
いびきは、これまで「恥ずかしい」「うるさい」といった軽い印象で語られがちな現象でした。しかし、最新の研究結果により、いびきが単なる騒音ではなく、**高血圧という重大な生活習慣病のリスクを知らせる“警告音”**であることが明らかになってきました。
特に、睡眠中のいびきが習慣化している人は、無自覚のうちに交感神経が常に興奮状態にあり、血圧が高いまま安定してしまっている可能性があります。そしてその結果、心筋梗塞や脳卒中といった命に関わる病気のリスクが静かに進行しているのです。
いびきがある人は、次のような行動を検討するべきです:
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日常的な生活習慣の改善(減量、禁酒、運動など)
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睡眠の質を高める環境づくり
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医療機関での専門的な診断と治療
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枕やマウスピース、CPAPといった補助器具の活用
また、パートナーや家族のいびきにも気を配り、ただ「うるさい」と一蹴するのではなく、「もしかしたら健康に問題があるのでは?」という視点を持つことも大切です。
いびきは、健康の“見えない異常”を知らせてくれるサインです。この機会に、自分自身のいびきや睡眠の質にしっかり向き合い、長く健康的な人生を送るための第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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